「テンションが高い=幸せ」という幻想

自己紹介

花束を抱えて走る、女子高生のハイテンション

日曜日の午後。バス停で、花束を手に興奮気味に走ってくる女子高生たちに遭遇しました。

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超絶ハイテンション。

 「うるせえなあ(笑)」と心の中で毒づきながら、ふと考えたのです。

かつての私も、あちら側の人間でした。

 不登校になる直前までは、周りに合わせ、いい気分で盛り上がることが「正解」だと信じて疑わなかった。 

テンションが落ちることは「悪いこと」で、そうならないように常に目端を効かせ、人の顔色を伺って生きていました。

自分の中に「自分」がいないから

興奮する若者を見ながら、年単位で自分に問いを投げ続けてきました。 

なぜ、あんなに盛り上がる必要があるのか。

それは、自分の中に「自分」がいないからかもしれません。 

「ここではないどこか」を探し、見つかった気分になるとテンションが上がる。 

でも、その高揚感はすぐに消えてしまうから、また次を探し続ける・・。

自分がないから、いつも渇望感ばかり。受け身の欲求不満。 

かつてのわたしは、降りる勇気もなく、ただ惰性で生きていた「燃えかす」のような状態でした。

「ジェットコースター」が幸せだという思い込み

ご相談でもとっても多く頂くのですが、

環境はもちろん、対人関係にもそのような感覚を求める。

かつてのわたしのゴール設定同様、

ハイになっている人たちを「リア充」とまぶしく思い、
わちゃわちゃした日常を手に入れようと躍起になる。


でも、なぜかうまくいかない。

「現状を変えたい」と言いながら、なかなか変われない人に共通しているのは、

「登り続けるジェットコースターのような状態」こそが幸せだという思い込みを手放せないことです。

お酒や飲食と同じように、手軽に、インスタントに気分を転換できることが「凪」だと思っている。 

でも、それは偏った捉え方。

 わたしたちの人生は、永遠に登り続けるようにはできていないのです。

死に向かって落ちていく砂時計

厳しい言い方かもしれませんが、わたしたちは生まれた瞬間から、全員死に向かって時計の砂が落ち続けています。 永遠なんて、どこにもないのです。

「あの空の向こうに、きっと幸せがある」 それは幻想です。 

「俺はまだ本気出してないだけ」と言って1行も小説を書かないおじさんのように、夢を見続けることで「今」から逃げ続けてはいませんか?

自分の内側に「鞘(さや)」を持つ生き方

紆余曲折あったけれど、私は今の自分に出会えて本当によかったと思っています。 

自分の内側に、病的な「わかってほしい」を収める鞘(さや)があるかどうか。 

それだけで、物事の捉え方は180度変わります。

特別な高揚感がなくても、今の自分を淡々と受け入れて生きる。 

それこそが、本当の意味での「大人」の生き方なのかもしれません。

記事を読むだけで「変わった気分」になっていませんか?

記事を読んで「なるほど」と思うだけで終わっていませんか?

読むだけで何もしないのに、何か変わった気になるなら、これからもおそらく何も変わらないでしょう。

(厳しく聞こえるかもしれないけど、これは、ほんとのことです)

知識を取り入れることと、現実で行動を変えることは全く別物。 

もし、コツコツやっているつもりなのに現状が変わらないなら、それは「我流の限界」です。

 今すぐできる「現実」を変えるための一歩

  • 「テンション」を疑う: 気分を上げようとするのをやめて、今の「そのまま」の自分を感じてみる。
  • 「インスタント」を卒業する: アルコールや散財など、手軽な気分転換に逃げていないか自覚する。
  • 「他人に頼る」を許可する: 自分一人で抱え込まず、プロの力を借りて現状を整理する。
  • 「別の選択」をしてみる: いつもならやらない「小さな一歩」を、今日一つだけ実行してみる。

変わるということは、別の選択をするということ。 「いつか」ではなく、今。 

あなたの現状を整理しながら、最初の一歩を踏み出してみませんか?

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我流を卒業し、あなたの「鞘」を一緒に作っていきましょう。

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