「早く覚えられない=ダメ」って、誰が決めた?

ほんとの願い

『名前の字画が悪い』というご相談。

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クライアントさん)

苗字とのバランスが最悪で…どうしても良い画数にならないんです

姓名判断の本を読んで、人生が立ち行かない原因はこれだ!と気がついちゃいました!!

わたし)

苗字の相性の良い人のところへ、嫁に行けばいいじゃないか・・

クライアントさん)

無理です、わたしブスで貯金もありませんから・・

ああ、改名しかないのかなあ〜〜!!

手続きめんどくさー〜

努めてざっくばらんにお話はされていますが、まるで出口のない迷路にいるようなお気持ち、痛いほど伝わってきました。

もしかしたら、あなたの中で、こんな風にちょっとしたボタンの掛け違えをしていることがあるのかもしれません。

改名の前に、根本から「解明」してみませんか?

ハイ、ダジャレーーーー

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「しあわせは誰かが運んできてくれるのが当たり前」

「常にお膳立てされた素晴らしい状態が手に入って当たり前」

もし、そんな風に感じてしまうとしたら、そこには「不足感」が前提にある生き方が潜んでいるかもしれません。

そして、この不足感から生まれるフラストレーションに、いつもイライラさせられてしまう。

  • 幼い頃から、困って泣けばいつも誰かが助けてくれた
  • あなたが嫌な思いをしないよう、お父さんお母さんがなんでも先回りして与えてくれた
  • 自分なりに努力したけれど、親は結果だけしか見てくれなかった

こんな経験があると、「足りない面、出来ないことがあるのは良くないことだ」という思い込みが心の中にできあがってしまうことがあります。

確かに、満たされた気分は嬉しいものですよね。できればずっと続いてほしいと誰もが願います。

しかし、もしあなたの「しあわせ」の前提が「足りないもの」を追い求めるベースになっていたら、常に自分の中の満たされない部分を探し回り、それを補うことが日常になってしまいます。

満足感は一瞬。

またすぐに湧き上がる飢餓感を埋める作業に戻ってしまうのです。

育った家庭環境の影響が大きい考え方ではありますが、もしこの生き方に違和感を感じるなら、今、やめることだってできるんですよ。

「お出汁のような薄味のしあわせ」に気づくということ

無理に頑張らなくても、今生きているあなたで満点なんです。

ちょっと立ち止まって、小さい頃から振り返ってみませんか?

誰かの評価は度外視して、あなたが「やりたい!」と思ってやったことで、心が温かくなったことや嬉しい気持ちになったことを、よかったらいくつか書き出してみてください。

  • 晴れた日、陽に当たっていたら、太陽の熱で髪の毛がサラサラになっていたのが嬉しかった
  • 夏休み、学校のプールで友達と変な泳ぎ方を発明した
  • 落書きのつもりが、思いのほかいい感じの絵になっていた
  • 初めていちからクッキーを作った。ちょっと焦げたところもあったけど、我が子のようで愛おしかった 

・・どうでしょう?

思い返せば、こうした些細な体験の中にも、心が満ち溢れ、微笑みと満足感を連れてきてくれる「薄味のしあわせ」は、たしかにあったはずです。

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わたしが卒業した心理塾の塾長が、いつも話してくださった言葉があります。

『「お出汁のような薄味のしあわせ」を大事にしてね』

たまには、ドカンとド派手な「ハレノヒ」もいいですよね。

それは、じんわりと心に沁み渡る日常があるからこそ、より具だくさんに感じられる「お祭り」のような感覚です。

無理をしない日常の中に、すでに十分満ち足りることができている。

そう気づけば、生きている今を「やったー、ツイてるわあ」と自然に思えるようになりますよ。

今までの当たり前を手放してしまえば、そちらがあなたの日常になります。

今の「当たり前」を手放すのが怖いあなたへ

「理屈はわかったけれど、何から手放せばいいのかさっぱりわからない…」

「自己流や本の読みかじりで、いいところまで行くけれど、途中で心が折れてしまう…」

——そんなあなたには、「他力」という選択肢を。

短い時間ではありますが、誰かに話してみることで、思いがけず自分の本音が見えてきたり、凝り固まった思い込みがフッと軽くなることがあります。

今まで信じてきた思い込みを「改名」ではなく『解明』して、

本当に満たされる生き方を見つけていきましょう。

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