心細さが苦手で紛らわそうと何かにすり替えたくなるとき
わたしが心理カウンセラーの仕事についたのは
かけ違えたボタンに気づくことで
「今、この瞬間をホッとして」
ごはんが食べられるようになるのが
自分という人の「いつも」になるといいなぁ
ただ、お手伝いが出来たらいいな・・・
そんな思いから
道を決めていった記憶があります。
わたし自身ご相談時、いろいろなお話を聞きながら
いつかの自分をクライアントさんにみたり
まだ時々よぎる自分とよくにた感情をお持ちのかたに
出会うことがあります。
中でもご相談そのものも多いなあと会話をしているときに
よく思うこと、がありました。
「怒りや、心細い気持ちになると
それを打ち消したくて気を紛らわそうと、別のことに手を出してしまう」・・というもの。
ああ、わたしにも身に覚えがあるなぁ。
ちなみにわたしは、不快感情を打ち消したいとき
チョコレートばかり食べていました。
いまはさっぱりそんな気持ちはありません。
それに気がついたのも、うんとうんと後だったんですが
今思うと、そこには不思議なこころの動きがあったようです。
今日は「心細さが苦手で、紛らわそうと何かにすり替えたくなるとき」
というお話を書いてみようと思います。
最後までお付き合い頂けたら幸いです。
8年前まで、わたしは恐らくチョコレート依存と言われる状態にいました。
常時、冷蔵庫には7種類くらいのチョコレートがありました。
高いものはあまりなくスーパーコンビニで買える手頃なもの中心です。
今振り返っても、こわいのは
「冷蔵庫がチョコだらけ」はもちろんですが、どちらかと言えば
当時その状態に一切疑問がなかった自分、の方です。
ちょっとでも心が辛くなると、ひとかけ、割って食べるというチマチマしたことを
自営で家にいるのもあり、人の目がないぶんスイスイやっていました。
あの人に責められた
この人に嫌われた
生きているのが辛かった
食べると一瞬、アガります。
考え事は飽和して、口の中から甘さが消える頃
また、しゅーーんと落ちるスパイラル。
ひとかけ、と量は少ないので
肌に吹き出物が出ることはなかったが
拠りどころがなかったので、チョコレートに完全に頼りきっていました。
・食べる
・アガる
・考え事は飽和する
・口の中から甘さが消える
・現実を思い出す・・・食べる
そしてその後心理を学ぶようになり
無意識に、飲酒と同じ思考サイクルをやっていたことにも気づきました。
自分の痛みを和らげているつもりで
していたこと
それを繰り返し続けている、そのものが
ちっとも「このおいしい甘いもの」で、わたしは自分を、しあわせに導いてあげていなかったのだなぁと、気がつきました。
それから少し経ち、ひとのなかには
自分をいたわる、という状態が機能していると知り
自分との付き合いかたを変えていくことに着手しました。
心理塾きっかけで、自分の本音を意識に出せるようになるまでになりました。
それから今に至りますが、とても時間はかかっています。
これが、わたしという人の
セルフイメージだったのだなぁと
残念な事実に気づくことは、この他にもゴロゴロありました。
それでも自分を責めずに生きてみよう。
へこたれそうになったり、手を離しかけた時期もありましたが
内なるけんかや仲直りをしながら
ひとつずつ絆は出来、知らないわたしを思い出していきました。
きっとここは、死ぬまで誰でもエンドレスなのかもしれないですね。

ある夏のことでした。
冷蔵庫をあけた時
「あれ?」と違和感がありました。
中が妙にガラガラだな・・
いつかあったものがゴッソリ、無い。
あ、チョコレートだ!
一枚だけ、板チョコはありました。
少し食べて、そのまま
ずーっと放置されているもの。
そしてこのチョコ、あの頃のように、乞うような気持ちでは買ってなくて
なんとなく手に取ったものでした。
ああ、わたし
ああ、わたし
頼る相手が変わったんだ。
いつのまにか変わっていたんだ・・・
寂しさも惨めさも
深い悲しみも
一番わかってほしかった人。
昨日と似た日常のなかで
スライドしているものは
わたしの中にもあったのだ・・・・・
ふと、誰かにそれを伝えられたらいいな
希望はあるよということを、冷蔵庫の扉を長く開けたまま
伝えたい気持ちがあふれていました。
あなたの人生は
あなただけのものだから
わたしは代わってはあげられませんが
給水所の有りかを、お伝えすることは出来るかもしれない。
そんな気持ちはいまもずっと変わらずこの仕事をしています。
わたしは心から、この仕事に着けてよかったなぁと思っています。



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