新しいことって、そういうもんよ。〜「濡れ手に粟」を拒んでいた私へのちゃぶ台返し〜

3ヶ月、土の下で何が起きていたのか?

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中身は内緒なのですが、実は昨年の秋から、わたし、やったことのない未知の領域に挑戦しています。

ガイドさんに伴走してもらいながら、ほぼ必要に駆られて始めたことなのですがーー。

最初は、やってもやっても成果が見えてこない。 

いっときは「もう嫌だー!」と、全部ぶん投げてしまったこともありました

(でたよ)。

そんな右往左往を経て、コツコツ、淡々と、時にはゼロ地点からやり直して3ヶ月。 

・・ようやく、土の上に「芽」が出てきたんです。(涙)

経験がないことは「信じる」のが難しい

「3ヶ月コツコツやれば、いい風が吹くよ」 そう言われても、渦中の当事者は未経験。

確信なんて持てません。

経験値がないことを信じるのって、本当に難しいですよね。

わたしは、自分の中にある藁をも掴む本気度と、アメとムチを使い分けるガイドさんに、ここまで引っ張ってきてもらいました。

トントン拍子にうまくいく自分への「敵対視」

実は、今やっていること、去年の今頃は「忌み嫌って」いました。 

周りから「うまくいくからやりなよ」と勧められても、どこか「濡れ手に粟(楽して得すること)」を敵対視する自分がいたんですわ。

本当は、濡れ手に粟が悪いんじゃない。 

「トントン拍子に物事がうまくいき、願いが叶っていく自分」を受け入れるのが怖かった。

だからこそ、わたしは自分を足止めしていたものとハラを割って向き合い、あえて「大損」することにしたんです。

アイタタターですよ。

昔の「自己満足」と今の「通過点」

昔のわたしは、自己満足がゴールでした。

自分に厳しく、結果が出ないとすぐに「動くこと」で解決しようとしていたんですなぁ。

でも今は、目の前の結果を「通過点」として見ています。 

自分がどこに立ち、何を味わいたいのかが、はっきりしているから。

目的地に行くために、お茶とお弁当が必要なら、淡々と調達する。 

それくらいの、いい意味での「割り切り」ができるようになりました。

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農作物を育てるように「待つ」

新しいことを始めるのは、農作物を育てるのと似ています。 

もし今、あなたが
「やっているのに芽が出ない」と感じているなら、
それは失敗ではありません。

単に、まだ土の下なだけ。

種を蒔き、光を浴び、栄養を吸収して発芽するまでは、どうしても一定の期間が必要なんです。

わたしたちは、こういう時、ついつい「早く結果を!」と焦ってしまいますが、「待つ時間の価値」を体験することは、自分を育てる上で何より大切なんです。

昔のあなたが見たら、今のあなたをどう思う?

折に触れ思うことがあります。

14歳や21歳の頃のわたしが、今のわたしを見たらきっと、たまげるだろうなと。

あの頃の私は、気分の上下で自分の幸不幸を測っていましたから。

でも今の私は、ハラに意識を戻し、武士の心(?)でコツコツ進んでいる。

あなたの中にも、そんな「成長した自分」がいませんか?

「新しいことへの向き合い方」

  • 芽が出ない時期を「栄養補給中」と呼ぶ: 成果が見えないのは、土の下で根を張っている最中だと割り切る。
  • 「濡れ手に粟」を許してみる: うまくいきすぎることに罪悪感を持たず、「ラッキー!」と受け取ってみる。
  • お茶とお弁当(最小限の準備)だけ整える: 高いハードルを立てず、必要なことだけ淡々とやる。
  • 14歳の自分を安心させる: 「大丈夫、今は待っている時間なんだよ」と声をかける。

人は「言っていること」より「やっていること」に本質が漏れ出るもの。

 不器用でも、右往左往してもいい。

ただ「やっている」というその事実が、あなたという職人を育ててくれます。

ハラを割って向き合った先に

自分を足止めしていたものとハラを割って向き合い、ちゃぶ台をひっくり返した先には、見たことのない景色が待っています。

アイタタターな経験さえも、芽を出すための肥やし。 

新しい道は、そこから始まっていくんですよ*

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