明日のイグノーベル賞はあなたかもしれない

自分と仲直り

今日は、自分の持ち味に自信が持てないという方に向けて書きました。

以前、クライアントさんと雑談中、ダイエットの話になったんですね。

クライアントさん)

わたし、青いレンズのサングラスをかけてお肉を食べるという、食欲減退ダイエットを編み出しました

絶賛実行中です!

わたし)

わあおもしろいーーー!!

マジウケる〜!!

人に教えたいっ!!

クライアントさん)

ええっ?!

これおもしろいんですか・・

わたし)

ハイ!

クライアントさん)

(・・・しばし無言)

…わたしって、おもしろいんですね

そんなの言われたことなくて

…うれしいです!!!

わたし)

まあっ*

クライアントさん)

ハイっ!!

よくよくお話を伺うと、おもしろいひとだと言われて嬉しかった気持ちの奥には

念仏のようにおうちの人に言われ続けてきた「ある言葉の呪縛」が眠っていました。

それは、あまりにさりげなすぎて、自分自身ではなかなか気が付けにくいものだったんです。

続けて読んでみてね

「おもしろさ」を自覚できなかった理由。

「もっと役に立つ話をしろ」

「生産性のないことはするな」

このように、あなたの大切な時間の中で導き出したものを、荒唐無稽と一蹴されたり、取るに足らないものと軽く扱われた記憶があると、

    •    いいアイデアが浮かんでも「役に立たなきゃ意味がない」が先に立ち、口にするのを諦めてしまう

    •    正解・不正解を常に気にしてしまい、自由に話せなくなる

    •    反応がよくなければ「自分が悪い」と責めてしまう

自分の感覚や発想に、自分でバツをつけてしまうようになるのです。

明日のイグノーベル賞(ユニークな研究に贈られる賞)は、あなたかもしれない。

そしてそれは、「正しさ」の外側にある発想だったりするんです。

誰かの価値基準に合わせなくてもいい。

「何が社会の役に立つか」は、あなたが決めていい。

恐る恐る口に出したことでも、褒めてもらえたり受け入れてもらえたらマル、反論されたりスルーされたらバツ。

どこまで行っても他人にお伺いを立てている状態です。

当事者ゆえに視野が狭くなり、自分で生み出したものを、形にしたり、切り開いていく「その先の世界」を自分で閉ざしてしまっていることに気づけなくなっているんですねー

ああ、もったいない!!

明日のイグノーベル賞はあなたなのかもしれないのに・・

気づいてください

あなたに忠告をした人と、あなたは別の人。

何を持って、社会の役に立つ立たないと言い切るか?の線引きも含め、個人の心も頭の中も、一人一人固有のものです。

生産性だって、重要視してもしなくてもいいんです。

わたしたちは、社畜でもロボットとして生まれて生きるためにここに存在しているわけではありませんからね。

これからは、あなたの人生にとって必要だなぁーー気が乗るなぁーーなど

暮らしの中でできるご機嫌で生きる実験、始めてみませんか?

・カップラーメンに天かす足ししたら、料亭の味に!

・急勾配の坂道も、ジュース飲む&音楽聴きながら歩くとあんまり疲れないこと発見

・気が済むまで何時間眠れるか選手権をやる

・ミシン代わりに、布用ボンドだけで服作って着る

これ、考えるだけでも楽しいけど、実際にやってみることまでがワンセット。

どれも、「役に立つ/立たない」じゃなくて

「やってみたら自分がご機嫌だった」という事実が尊いんです。

魅力的なあなたが、さらに磨きをかけて何が悪い!

胸はって、みんなの暮らしにふりかける、スパイス情報流通させてねーー

あなたは、おもしろい人になろうとしなくても、すでに魅力的なのです。

自分の中にある、くだらなくて笑えて愛おしい部分を再発見してみませんか?

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