自分で選んだはずなのに、しっくりこない理由

自分で決める

今日は、いつもの自分から抜け出したい時は、ほんの少しだけ背伸びをしてみる、実際に動いてみようのお話。

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自分ごとなのに、決断が人任せになってしまうというご相談。

クライアントさん)

わたし、自分というものが無いのかもしれません・・

流されやすいというか、周りの人が選んだことがハッピーそうだと、ああそれが正しいのかもーーと

フラフラ乗っかる癖があるんです

わたし)

乗っかってみて自分に合っていたという場合もあるから、良し悪しはない気もするが・・

クライアントさん)

いやー、大体水合わないんですよーー

いいことあるかもーーと思って乗っかってみるんですが、結局何か違うってことが多くって・・

わたし)

いいことが欲しいのかい?

クライアントさん)

そりゃあ!毎日、ゆるく楽しく、ニコニコハッピーに越したことはないでしょ〜?

わたし)

なるほどなるほど・・

じゃあ、あれか?

自分で選んで決めて動けるようになりたいってことかな?

クライアントさん)

そうですそうです!

・・・

周りの人が良いというと、自分にとっても良いもののような気がしてしまう

自分の体なのに、自分の意志で動いている感覚が薄いというご相談を受けることもあります。

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主体性を感じられないのには、これまでの人生経験が今のあなたに影響しているだけ。

・このお菓子おいしいねと友達に話したら「それ、まずいので有名なやつじゃん」と言われたことがある

・バスでお年寄りに席を譲ろうとしたら「健康のために立って乗車しているから、構わないでね」と断られた

・本を見ながらクッキーを作っていたら、粉を入れるタイミングが違うと横からお母さんに口を出された

・・などなど

自信を失うほど、誰かから自分のやり方に小さなバツ印をたくさんつけてこられた経験があると、

自分の選んだ行動に、自信が持てなくなるのも無理もありません。

やがて、他人の正しさが自分がを物事を選ぶときの判断基準になっていきます。

自分の意思で物事を選べば、選んだものが誰かと違っていても、そもそも誰かの物差しなので自分が責められることはありません。

そのかわり、繰り返せば繰り返すほど、自分の心を大切に扱うことからはどんどん遠ざかっていき、自分を見失っていくというおまけがついてきます。

他者基準って、他人さんにとって心地よい/違和感があるという基準です。

わたしたちは、なんであれ、自分の常識をもとに他人に対して口を出したり意見を述べたりします。

あなたと誰かが違う人。

ってことは、同じ物事に対して、捉えている当たり前が違うことも当然あるよね。

意見が一致しないこと自体は、良くも悪くもありません。

他人の意見に賛同できない自分を責める必要もないし、あなたが自分の考えにしっくりきているのなら、同調する必要もない。

「自分とは違うんだなぁ・・ああ、そういう考え方もあるんだーー」

視点を変えてみれば、それだけ物の見方のレンズが一つ増えた!・・とも言えます。

素敵だよね、味わえる世界も広く深くなる。

さあ、もう誰に気をつかうこともありません。

過去を思い起こしてみてください。

行動に起こすとそのあと失敗して、嫌な気分になるかもと、二の足を踏んでいたことってありませんか?

今こそ、それをやってみるタイミングかもしれません。

・一から生地を発酵させながら、時間をかけて手作りパンを作る

・社交ダンスを習いにいく

・親友の結婚式で引き出物でもらった、使い道のない変な皿を捨てる

・ミシンを買って、カーテン縫ってみたい!

・・

ほんの少しの背伸びをしてみることが、いつもの自分から抜け出す第一歩になります。

自分の意志一つで、いくらでも常識なんて変えられます。

これからは、あなた自身の思いに自分が乗って、スイスイ流れていっちゃいましょう。

あなただけの「いいこと」にも、すいっと気付けるようになりますよ。

「理屈はわかっている。でも心がついてこない」

そんな時は、無理をしないで。

カウンセリングという安心安全な場所で、本来の自分に会いに行くこともできます。

特別な何かが起こらなくても、

日常の中で「生まれてきてよかったなぁ…」と

あたたかい気持ちで、しみじみ味わえる毎日が、通常モードになる。

そんな日々を一緒に作っていきませんか?

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