アラフィフ独身/元イラストレーター25年歴・
心理カウンセラー/もりわきまりこです。
誰かを立てたくなる時は自分が自分を立ててあげていない時です
断りたいのに断れない人間関係のご相談。
クライアントさん)
わたしはフラワーアレンジメントの教室をやっているんですが、毎回毎回微妙な感じでお花のアレンジメントを聞き出そうとする知人がいて嫌なんです
わたし)
微妙な感じ?
クライアントさん)
回を追うごとに前よりもっと詳しいところを聞き出そうとするのがなんかイヤで…
わたし)
言えばいいじゃん「そこはわたしプロだからアドバイスも含め、お金払って聞いてね!」って
クライアントさん)
やんわり言いましたよ…
「そしたらわたしら友達じゃん、ケチだねって言われて大ショックで!!」
わたし)
ていうか、相手から見てどうなのかはさておき、あなたから見てその人友達なの?
クライアントさん)
友達じゃないです!ただの顔見知りです
ハア…これくらいの距離感の人が一番めんどくさいんです・・
ケチで結構。
自分がちゃんと線引きしないから、無自覚のタダ乗りを増長させてしまうんです。
わたしもカウンセラー業を初めて間がない頃、単発クライアントとしていらっしゃった方々から親しみを持たれ
その後「友だちになって」と言われることがよくありました。
嫌われたくないのと、別に悪い人たちでもないが友達となると違和感が強い。
断る理由も見つからず、呼び出されると出ていくというずるずるした付き合い方をしていた時期があります。
わたし自身の中にも古傷があったからです。
・自分の違和感より、ひとに嫌われて社会で居場所を失うことの方が怖い
・自分の気持ちををいうことで、おまえはおかしい、わがままだと親になじられたことがある
昔の経験が、現在の自分の行動を制限することがあります。
もともと、人と話をすることは好きですが、次第に一方的に愚痴の捌け口に呼び出されスッキリしたわと帰っていかれたり
無料でいちからブログヘッダーの作り方を教えろと言ってくる人もいました。
(教えませんけどね)
有料級の悩み相談を何時間もされ、この時間を過ごしたこと自体内緒にしてほしいと言われたのをきっかけに、「これのどこが友達なんだ?」と嫌気が差し、以降も含めきちんと断ることが出来るようになりました。
孤立したら社会では生きていけなくなるという思い込みが強ければ強いほど、人間関係に執着するようになります。
誰かにとっての「いい人」は、別名「誰かにとっての都合のいい人」
自分の余力のお裾分けならともかく、理不尽さを噛み殺しながら差し出すのはただの自己犠牲です。
自己犠牲ありきのいい人稼業は、長くやっていると腹の中で不満ガスで膨れ上がっていき、限界を越えるとやっと暴言という形で不満が出せたり、心身に不調という形で出ることもある。
もう、そんなにややこしい道を通って、自分をいじめるのはやめよう。
誰かを立てたくなる時は、自分が自分を立ててあげていない時です。
自分を立ててあげること=相手との境界線をあらかじめ自分がきちんと決めておくこと。
譲れないことはなんだろう?
・本業についての質問は友達でも有料扱いでいい
・こちらが欲しいものをくれないなら、あなたには何も(愛情も)あげない、と条件を出されたらそれ以上相手と関わらなくてもいい
条件付きの愛は愛ではありません。
自分の望みが叶わないと、ゴネたりしつこい人はあなたを物のように扱う人です。
友だちではありません。
人間関係は片恋も相思相愛もどちらもあるのが当たり前。
それくらいドーンと構えて、公私共に、気楽に付き合える人を大切にしていけばいい。
かつてのわたしのように、人との境界線が甘い方はビジネスライク!と、厳しく線引きするくらいやっても世の中から苦情が出ることはあまりありません。
自分の気持ちを丁寧に扱っている人は、他人に対しても敬意があります。
空いた友だちの椅子には、あなた同様、自分自身を丁寧に扱える人だけ招き入れるようにしよう。
フリーランスの仲間たち、誰かに染まるな、自分自身にもっと染まろう。
あなたの色を濃くしていこう!



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