相手の機嫌を損ねたら自分の居場所がなくなってしまうのではないかという恐れがある

損してもいい


相手の機嫌を損ねたら自分の居場所がなくなってしまうのではないか?という恐れがある

同性との人間関係についてのご相談

クライアントさん)

小学校の頃、隣の席の女子に図工の時、木工ボンドを貸さなかったのがきっかけで中学卒業するまで徹底的にシカトされたことがありました

わたし)

わあおーー粘着女子ーーー

幼稚だなあ〜〜

クライアントさん)

あれ以来、同性に対してすごく気を使うようになりすぎちゃって、帰り道とか一人になるとグッと疲れが出るんです

ただ、一緒に居ただけで何かしたわけでも揉めたわけでもないのに

わたし)

どんな気を遣ってるの?

クライアントさん)

相手が話しかけてきたら、一旦はなんでも「そうだね」って受け止めてあげるとか

用事があっても自分の用事の方をずらしてでも、相手と一緒にいる時間を優先するとかかな

わたし)

それは、後々、自分にしわ寄せがくるのではないか?

クライアントさん)

はい、自分の時間を削ってやりくりすることが日常になってしまっています

あとでフラストレーションも出て、顔には出しませんがブチ切れることもあります

これがわたしの人生かと思うと、なんともやりきれないんですよねぇ・・

・・とのこと。

習い性が自分の生きづらさを作ります

じゃあ、フットワーク軽めの習い性にチェンジしていけばいいじゃーーん?!

続けて読んでみてね

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こちらのご相談の場合

「他人の本音を大切にすることを優先しすぎているあなた自身」に

あなたが振り回されていることで不快感が出ています。

相手の機嫌を損ねたら、自分の居場所がなくなってしまうのではないか?という恐れから来ているんですね。

偽りの善「偽善」をやっていると

「もっと自分の本音を大切に扱って生きてよーー」あなたの中の無意識の心の叫び

不足や不満ガマンが出るんですねーー

遠慮は美徳、相手を立てるものだ、平等でなければならない…

親のしつけや道徳の授業で、さも当たり前という顔でインストールされてきたことも、あなた自身を息苦しくさせてしまうものなら気付いた時点で捨ててもいいんです。

情報は自分の常識を拡げる面もありますが、あくまで選択肢がひとつ増えただけに変わりありません。

何を選んで何を捨てるのかの主導権を持つのは、自分の人生の主役であるあなただけです。

取るに足らないことだから、自分さえ我慢すればまあいいやと譲ってばかりはもうやめよう。

自分に気が使える分だけと他人に差し出せる気遣いの容量は同じです。

これからは、満ち足りた時間を過ごせることに重きを置いて物事を選んでいく、自分を喜ばせる生き方に変えていきませんか?

ささやかなことだからと、手にとって来なかったことを丁寧に掬い上げてあげる練習を、わたしとワークしながら取り戻していこう!

【あなたが遠慮して諦めていたことはありませんか?】

紙に書き出してみてね

・作家さんの作ったちょっといいお皿を買って、パスタを盛ってまったりおうちランチしたかった

・妖精や陰謀論など、興味の持てない会話に相槌を打つのをやめること

・勧誘に居留守を使うこと

・カレーの真ん中に生卵を乗せて食べること

・食パンの耳を残すこと

・外食時「つきだしは要りません」と断ること

自分の気分を優先させてみることは、最初はちょっとだけ勇気がいりますが、エイッと一歩踏み込んでみた数だけ気も楽になっていきます。

無理しない、風通しがいいと怒りの蓄積はグンと減ります。

あなたのままでサバサバ付き合える人間関係は、大人年齢の今からでも可能です。

小さなステップを楽しみながら根気良く繰り返して行くことで、こだわりもつるんとほどけますよ。

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