本当の自分はすごい人?ダメな人?どっちでもないという話

ほんとの願い
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大人女性から、このようなご相談を受けることがあります

>私は仕事が続きません

もうすぐ三十路ですが、まだ親と同居して食事の面倒も見てもらっています

どこかでそんな自分を、年齢相応でなく、幼く恥ずかしいと思っています

本当のわたしは世に出て、スターになりたかった

文章でも、ダンスでもいい

表現者として一目を置かれ
後世に名を残す人間になりたかったけど、

それすらも目立つことが怖くて1歩も踏み出せないのが現状です

…というご相談をいただきました。

今の人生を変えたい。

けれど、動き出すのも怖い。

何者かになりたい。でも何者にもなれない。

この「どちらにも進めない」状態ってのが、一番苦しいですよね。

ここで一緒に考えてみて欲しいのは

「世間の鼻を明かし、すごいと認められたい」気持ちの奥にあるのは、これ以上誰からも責められたくない、心の痛みがあるということ。

言い方を変えれば「社会に認められる自分しか、あなた自身も許可できなかった」

…そんな思いも、心のどこかに根づいているのかもしれません。

こんな言葉に心当たりはなかったかな?

・一つのことを極めてこそ、一人前

・生まれたからには、お世話になっている社会に恩返しするべきだ。

もっと社会に生かされている自覚を持て!

・特出した才能を活かしてご飯食べられるあの人が、羨ましくて仕方がない!!

こうした、誰かのテンプレートに当てはまらない自分を「規格外だから、自分はダメだ」と思うようになる。

やる気が出ない、動き出せないのは、心が納得していないからなんです。

何をやっても自分はダメだと心の深い部分で自分自身を責めるようになります。

あれこれやってみたいことが浮かぶが、一向に腰をあげたい気持ちにならないのは、

周りに認めてもらうための道具探しであり

あなたが心底やりたいことではなかったからなのかもしれません。

やりたくないのに、やらねばと自分に押し付けている事はなかったかな?

実はその「何かやらなきゃ」に追い立てられるとき、

心の中ではこんなすれ違いが起こっていたりします。

・職場のみんなの足手まといにならないよう、自主的に残業を希望し、追いつこうと頑張ってきた

・話題に乗り遅れてはいけないと思い、NetflixとAmazon Primeの会員になり、見たくもない映画やドラマを見ている

・独り言と愚痴だらけの同級生にうんざりしながら、呼び出されるとホイホイ出て行き、相槌を打つことで友達の関係を保っている・・

おつかれさまでした

本当は、もう誰かの期待に応え続けなくてもいい。

少しずつ手放したり、心に負担がかからない距離感で、

「自分のペースでお付き合いをしていく!」にシフトチェンジでいいんです。

思いを心のままに、紙にばーっと書き出してみるのもいいよ。

叶えてあげられない自分自身を責める癖が出たらまずは、一時停止。

心の中に詰まった煙突掃除が先だよ。

あなたがあなたに許可してあげようーー

心の風通しが良くなるよ

風通しが良くなるという事は、あなたの中に「しっくりくるもの」を受け取れるスペースが生まれたということ。

気負わず、あなたアンテナに引っかかったものだけ取り入れていくでいい。

それがあなた自身の本来の望みでもある、自分自身を生きている瞬間です。

すごい・すごくない、できる・できない、なんてええい!!どうでもいいんじゃーー

あなたの心が喜ぶこと、今日からでも遅くない。

手に取って叶えてあげてね。

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