わたしは現在、冬季の「生活介助帰省」の真っ最中です。

ここ数年は、数ヶ月単位で行ったり来たりの生活を送っています。
親の健康、そして自分自身の健康。 その「リアル」に直面する中で、
わたしはこれまでの自分にはなかった価値基準を
強制的に上書きさせられることになりました。
思いがけない、絶句するような出来事は起こる。
そして、誰にも手が出せない(コントロール不能な)状態から、
不思議なタイミングでまたポジティブな方へ戻っていく。
わたしはその、「誰にもコントロールできない命の領域」の目撃者となってしまったのです。
「白旗を上げる」ことで見えた、本当の絶望と希望
暮らしの中で、他者との関わりの中で、「白旗を上げるしかない」という感覚。
命がけレベルの一連の変化を目の当たりにして、
わたしは「だからこそ」真摯に向き合いたくなりました。
「永遠には生きられない時間の中で、わたしは何を大切にしながら生きていきたいのか?」

日々のカウンセリングで、よくこのようなご相談をいただきます。
- 「あの人がいるから、思い通りに動けない」
- 「この人が嫌!という気持ちが消えない」
- 「目立って叩かれるのが怖い」
- 「お金持ちになりたいけど、何をしていいかわからない」
- 「成功している他人と比べて、惨めで辛い」
・・あえて、厳しい言い方をさせてください。
「そんなこと」に日常の時間を割いている時間は、あなたにはもう、ないのです。
残りカスのようなエネルギーで、人生を回そうとしていませんか?
不満や嫉妬、正体不明の不安に関わっていたら、あなたの貴重な気力・体力・エネルギーは、あっという間に底を尽きます。
結局、一日の終わりに残った「残りカス」のようなエネルギーで、なんとか自分自身の人生をやりくりしようとする。
全力が出せる前提で動けていないのだから、物事が立ち行かないのは「当たり前」なんです。
「わかったつもり」で問題を整理して、先送りにするのはもう終わりにしましょう。
前提を変えない限り、同じような出来事は、人と場所を変えて何度でもあなたの前にやってきます。
「矢沢」や「イチロー」が変な人に見えていた理由
わたしは長年、矢沢永吉さんやイチローさんのことを「天才だけど、変な人だなあ」と思っていました。正直、思考回路が理解できなかった。
今の今なら少しわかります。
彼らは、「覚悟のあるショートカット」をして生きているんです。
見据えたゴールや「在り方(ビジョン)」がはっきりしているから、そこだけに向かって走ればいい。
それは同時に「不要なものをガバッと捨てていく生き方」でもあります。
多くの人は、捨てることへの恐れや、非情になれない自分に耐えられず「現状維持」を選びます。
だからこそ、わたしは伝えたい。
脳内妄想の夢から、お腹が膨らみ笑顔が溢れる「現実の夢」へスライドしていこうよ、と。
「自分の当たり前」が今のあなたを詰まらせているのなら、
その中には自分を潰し、足を引っ張る要素が混じっているのかもしれません。
一緒に「取捨選択」をしていきませんか?



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